【トヨタ・ヤングドライバ−ズ・プログラム】
ルノーのRDDと時を同じくして、トヨタF1デビューの2002年から始まり、当初の名称を
トヨタ・ドライバ−ズ・アカデミー(TDA)と言いました。
あくまでパナソニック・トヨタ・レーシングの直下に位置するものとされ、日本国内
でのトヨタのスカラシップ制度とは別物でした。当時トヨタF1に在籍していたアンジュ・
パスカリが責任者となり、3名の若手はいずれも欧州、オセアニア人でした。
一人を国際F3000に送り込み、二人をFルノーという風にプログラムの方針がバラバラで、
成績も散々。新参者のトヨタF1同様にリサーチ不足を露呈する格好となっていました。
2003年から支援プログラムに筋道が通るようになり、育成の場はF3とFルノーに特化。
それもTDAの全員をプレマ・パワーチームという一つのチームから出場させる事により、
集中的に管理。それは翌2004年も続きました。
2005年は欧州と日本で別れていたTDAとFTRS(フォ−ミュラ・トヨタ・レ−シング・
スクール)とを統合させ、現在のTDPとして再編成。その分、日本人ドライバーが大幅に
増えました。しかし翌年は新たに欧州人を補充。元のTDAと同じ状態に戻りました。
契約は1年ごとと思われますが、それなりの成績でも切られる場合があり、選考基準は
はっきりしません。前年の数字よりも今後の伸びる可能性を重視しているようです。
また日本人だと若干優遇されているようにも見えますが、圧倒的に有利というわけでは
ありません。
基本的には中、長期のスパンで育成され、第1期生のブリスコーのようにトップフォー
ミュラでのシートの斡旋まで行う例があります。
プログラムの一環としてF1ドライブも含まれているようで、実践的な開発テストではなく
ドライバーのスキルアップの為として、ポンと最新型のマシンに乗る機会が与えられるの
も特徴。
マシンとレーシングスーツのカラーリングは欧州、日本で全て共通で、例えチームが別でも
全く同じ色、スポンサーのマシンが複数走っている事になります。
このように露出を始めプログラムが全体的に画一的で、巨大組織の一部として組み込まれて
いる雰囲気が実にトヨタらしいものとなっています。
責任者:新居章年
サイト:http://www.toyota-f1.com
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