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90年代前半にロータスやフェラーリで、近年ではアジアテックのテクニカル
ディレクターを務め歩いたスカラブローニが2002年に結成。
当時はスペインのローカルシリーズ、F3もどきだったフォ−ミュラ・
ニッサンに参戦していました。
翌2003年は、アジアテック撤退と同時に確たる理由もなく国際F3000に
参入します。何の準備期間もなく、また資金の当てもなかったが為にペイ
ドライバーを毎戦のごとく取り替えては走らせ、の繰り返し。
実に1シーズンで7名のドライバーを走らせ、獲得ポイントは僅か。
そんなテールエンダーが、2004年に突如としてトップコンテンダーとなり、
ベテランのトカチェロは元より、ほとんど経験のない新人のグェリエーリ
までもが活躍しました。
GP2参戦については、実績もさる事からがやはりスポンサー重視。
エンジニアリング体制を強化しているものと思われますが、クルマの速さに
異常にムラがあるのが大きな課題となって付きまとい、ワンメイクシリーズ
にも関わらず数々のメカトラブルに見舞われました。
2006年は経験を積んだ同じ人材で体制の安定化を図ります。
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