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... 開催時期 1958年〜1960年、1984年〜1986年、2000年〜2003年
開催数 年間6ラウンド。一部ダブルヘッダー。
開催国 フィンランド
シャシー ダラーラF399、他
エンジン 無限、オペル
タイヤ ダンロップ(ワンメイク/01年まで)、ブリヂストン(ワンメイク/03年まで)
ポイント 1位〜25位まで、50-45-40-36-32-29-26-24-22-20-18-16-14-12-
10-9-8-7-6-5-4-3-2-1
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フィンランドF3の歴史:
1958年に、フォーミュラ・ジュニアのフィンランド選手権として数年間、開催されました。
その後だいぶ間があり、84年からフィンランドF3としてまた数年間に渡って開催。
そして00年から三たび開催と、思い出したようにレースがあります。
02年からはノルディックF3を吸収する形で選手を集め、03年は開催不能となったロシアF3
のトップチームも遠征してきました。

マシンは3世代落ちの以上の古い物がほとんどで、近年は1世代落ちのものが数台あります。
スポーツ2000ツアーというイベントに組み込まれ、フィンランドFフォードやツーリングカー
と共に国内のサーキットを転戦します。
レースでは10台以上のエントリーを集め、そこそこ繁盛していました。
イベント自体は盛況のようですが、レースのレベルはお世辞にも高いとは言えず、現在のところ
シリーズ最終年となっている03年はロシアF3からの遠征組に全勝を許しています。

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フィンランドF3へのステップアップ:
ノルディックF3と同様、カートから上がってくる若い地元選手がいます。
他にはフィンランドFフォードやフィンランドF4から上がってきたり、ノルディックF3や
スウェーデンF3からスライド参戦してくる等。
やはりここにも、年輩のアマチュア選手も出場しています。

しかしライコネンやコバライネンの例を見てお分かりのように、世界レベルの実力がある選手は
地元からのバックアップの元、カート時代から北欧を出て戦っているのが実情です。

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フィンランドF3からのステップアップ:
フィンランドから出て成績を残した選手はごく少数です。
02年チャンプのユッシ・ピノマキは渡英してFフォード・フェスティバルに出場していますが、
成績は出せていません。
同年の総合4位の選手であるアキ・ラスクは、ドイツへ渡ってフォーミュラBMWに参戦。

また選手ではありませんが、フィンランドのフォーミュラ界ではトップチームのコイラネン・
ブロス・モータースポーツはフィンランドF3消滅後の2004年からFルノ−・ユーロカップに
転向しています。

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... Driver Team Machine
2003年 アンドレア・ベリッチ ルクオイル・チーム ダラーラF399・ルノー
2002年 ユッシ・ピノマキ ニイニヴィルタ・モータースポーツ ダラーラF397・無限
2001年 ヤリ・コイビスト ヤリ・コイビスト・レーシング ダラーラF393・オペル
2000年 マルコ・ネバライネン モ−タ−アップ・レーシングチーム ダラーラF397・オペル
1999年
〜1987年
未開催
1986年 ヤルマ・アイラクシネン ビッセ・レーシング ラルトRT3・トヨタ
1985年 サミ・ペンサラ クオム・スポーツ ラルトRT3・フォルクスワーゲン
1984年 ヤリ・コイラネン ラフティ・レーシング ラルトRT3・トヨタ
1983年
〜1961年
未開催
1960年 ヘイモ・ヒエタリンタ - ク−パ−T42・ノートン
1959年 クルト・リンコルン - ク−パ−T42・ノートン
1958年 ヘイモ・ヒエタリンタ - ク−パ−T42・ノートン
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