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■FルノーV6の歴史:
2002年秋、ルノー主催の準F3000規格のカテゴリが発足すると発表されました。
その名の通り、ルノーがV6エンジンを供給するワンメイクレースです。
正式名称を『フォーミュラ・ルノー・ユーロカップ・V6』と言います。
ルノーは、Fルノー1600(Bクラス)→Fルノー→FルノーV6→ルノーF1、という
ステップアップの道を作り上げ、積極的に若手を発掘する方針を打ち立てました。
また露出の面でも整備され、FIA-GTとETCCとFルノー・ユーロカップが抱合せとなった
LGス−パ−レ−シング・ウィクエンドというツアーに組み込まれ、大手CS局のユーロ
スポーツによって欧州に生放送されました。
比較的安価で、かつコンペティティブなカテゴリを標榜しますが、初年度はマシン
の各パーツの強度不足やF3とラップタイムの差がない、といった構造的欠陥を露呈
する結果となりました。
当初は320馬力で運用する筈だったエンジンを開幕直前に380馬力まで引き上げ、
更にシャシーの信頼性確保の為に第2ラウンドを急遽キャンセルするなど、普通では
考えられない不備がありました。
それでも初年度と続く2004年は20台ほどのエントリーがありました。
しかしステップアップの本流であるF3の脇に位置するアウトサイダー的な立場に終始
し、いまいち盛り上がりに欠けたまま僅か2シーズンで終了。
2005年から実質的にワ−ルドシリ−ズ・バイ・ルノーに吸収される形となりました。
しかしどこにも使われる事なく残ったシャシーとエンジンにいくつかの団体が目を付け、
2004年末頃にはフランナム(カナダFルノー)がフランナムV6として再出発させよう
と目論んだり、2005年春頃には中南米を転戦するパン・アメリカンV6というシリーズ
の発足が計画されました。
ですがどちらもエントラントやスポンサーに見向きもされず、立ち消え。
ところが2006年に入り、東南アジアのレーシングツアーを主催するAFOS(アジアン・
フェスティバル・オブ・スピード)がこの機材を取得。フォーミュラV6アジア・バイ・
ルノーという名で開催される事になりました。
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