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... 開催時期 1983年〜
開催数 2ヒートレース。
開催国 マカオ市街地
タイヤ ヨコハマ(ワンメイク)
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マカオGPの歴史:
1954年から、マイナーなイベントとして毎年開催されていました。
それを地元の名士、テディ・イップ氏が83年にF3の世界一決定戦として整備。
以後、現在に至るまでそのステータスを保ち続けています。

第1回の優勝者のセナ、3位のベルガーに始まり、ここでの活躍がF1と強く結び付くこと
となり、毎年有望な若手が続々と乗り込んできます。
現在のF1ドライバーの半数以上がマカオGPを経験している事実からも、その注目度の高さ
が伺えることでしょう。
また世界のサーキットの中でも特に難易度が高いコースであるが故に、勝つためには速さ
が必要なのはもちろん、気力や運も大きな要素となります。

近年では日本人選手の活躍もたびたび見られるようになり、01年の佐藤琢磨選手の優勝は
もちろんのこと、99年から03年まで5年連続で日本人選手が表彰台ゲット、という記録が
続いていました。
99年:伊藤大輔(3位)
00年:福田良(3位)
01年:佐藤琢磨(優勝)
02年:小暮卓史(3位)
03年:平中克幸(3位)

また2006年には日本人としては初めて、小林可夢偉選手がグリッド予選でのポールポジ
ションを獲得しました。

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レース形態:
2ヒート制というフォーミュラにはあまり無いルールを採用しています。
昔から何度か2ヒート制の解釈の仕方が変わってきていますが、現在では第1ヒートでゴール
した順番が、そのまま第2ヒートのスタ−ティング・グリッドの順番になります。
第1ヒートでクラッシュやトラブルによりゴールできなかった選手も、レースを終えたラップ
数により順位が付けられます。第2ヒート開始前までにマシンを修復する事が認められる為、
第1ヒートを最後尾で完走した選手の後ろからスタートする事ができます。

以前は第1ヒートでリタイアした選手には順位は付かなかった為、たとえ第2ヒートで上位に
進出してもリザルト上では走っていない事にされていました。
しかし現在は第1ヒートを完走できなくても、第2ヒートで挽回する事も不可能ではありません。

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... Driver Team Machine
2006年 マイク・コンウェイ ライコネン・ロバートソン・レーシング ダラーラF306/メルセデス
2005年 ルカ・ディ・グラッシ マノ−・モータースポーツ ダラーラF305/メルセデス
2004年 アレクサンドル・プレマ ASM ダラーラF304/メルセデス
2003年 ニコラ・ラピエール シグネチャ ダラーラF303/オペル
2002年 トリスタン・ゴメンディ ASM ダラーラF302/ルノー
2001年 佐藤琢磨 カ−リン・モータースポーツ ダラーラF301/無限
2000年 アンドレ・クート BSR ダラーラF300/オペル
1999年 ダレン・マニング トムス ダラーラF399/トヨタ
1998年 ピ−タ−・ダンブレック トムス ダラーラF398/トヨタ
1997年 ソヘイル・アヤリ グラフ・レーシング ダラーラF396/オペル
1996年 ラルフ・ファーマン ポ−ル・スチュワ−ト・レーシング ダラーラF396/無限
1995年 ラルフ・シューマッハ WTS ダラーラF395/オペル
1994年 サッシャ・マーセン WTS ダラーラF394/オペル
1993年 ヨルグ・ミュラー RSMマルコ ダラーラF393/フィアット
1992年 リカルド・リデル トムス トムス032/トヨタ
1991年 デビッド・クルサード ポ−ル・スチュワ−ト・レーシング ラルトRT35/無限
1990年 ミハエル・シューマッハ WTS レイナード903/VW
1989年 デビッド・ブラバム ボ−マン・レーシング ラルトRT33/VW
1988年 エンリコ・ベルタッジア フォルティ・コルセ ダラーラF388/アルファロメオ
1987年 マ−ティン・ドネリー - ラルト/トヨタ
1986年 アンディ・ウォレス マドウィック レイナード/VW
1985年 マウリシオ・グージェルミン ウェストサリ−・レーシング ラルト/VW
1984年 ジョン・ニールセン VWモータースポーツ ラルト/VW
1983年 アイルトン・セナ ウェストサリ−・レーシング ラルト/トヨタ
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